最後までやり抜くことの大切さ

こんにちは。
【横浜市神奈川区】ベビーサインで子育て を応援します!ベイビーリンのHirocoです。

最近藤井聡太氏の影響で、将棋界がとても盛り上がっていますね!

私はあまり将棋の世界を知らなかった者の一人なのですが、つい最近、将棋の対局を見ていて素敵だな、と思ったことがありました。

それは、勝敗が付く瞬間!
手詰まりになってしまった方が「負けました」といって頭をさげるのですが、その後必ず勝った方も一礼して終わる、あの瞬間がとても素晴らしいと思うのです。

個人的には美しささえ感じます。

私がなぜそう感じたのか、ヒントになる出来事がありましたので、お話したいと思います。

ここから先はちょっと難易度を下げて、オセロにお話を置き換えたいと思います。

最近、息子がだいぶオセロのルールを理解してきて、何とか対戦できるようになってきました。


大抵は、ご家族の大人の方が相手になってあげながら教えてあげると思うのですが・・・まったく何もわからない人間に、実践をもって何かを教えるのはとても難しく、そしてイライラしますよね(笑)

我が家でも、ばあばやオットが「端っこをとるといいんだよ」「角をとると勝てるよ」「ここに置いたら次はここをとられるって、先を読みながらやるんだよ」などと、アドバイスを交えて根気よく教えてくださっていました。

なんとか楽しんでもらえるよう、大人の経験から得た
「勝負に勝つための方法」を教えながら、手加減を調整し、子どもに勝つことの喜びを教えてあげているんですね。

でも、実はこれ、私は良くないと思ったんです。

これを続けていくと息子はどうなるか?

→自分が不利になると不機嫌になる
→負けそうになると「もうやめる」と対戦を放棄する
→大幅に手加減されて勝つことが続くと「大人って大したことない!」と勘違いする

現に、姪っ子が小さい頃にこんな状態だったことを覚えています。

この教え方が良くないことの原因はただ一つ。

プロセスよりも結果を優先しているから!!

【勝つ】ことにフォーカスしすぎていて、勝つための手段だけを教えている状態なんです。

そうではなく、大人が教えるべきことは、
最後まで、対戦相手に敬意をもってやり抜くこと
ではないでしょうか?

私が、将棋の対局で美しいと思ったあの瞬間は、まさにこの象徴です。

では、オセロはどう教えて行ったらいいのか・・・・?

それは、何度も何度も対戦し、大人が心置きなく勝つことです。

ボロ勝ちでもOKです。

でも、子どもが負けても最後まで対戦できたら、そのことに最大限敬意を表しましょう。

勝っても負けても、お互いに礼をする。称えあう。

勝負の世界はお相手がいないと始まらないのですから、まずここから教えることが大事です。

対戦を重ねるごとに、勝てないことでまだ未熟な子たちは心が折れてしまうかもしれません。

そんな時は、経験量が違うことを説明し、最後までやり抜くことの大切さを教えるチャンスです!

勝てなくて悔しい思いさえも経験を積み重ねる活力になると私は思います。

勝つための方法は教えられるものではなく、何度も挑戦していくうえで自分で見つけるものだと思うのです。

たかがオセロでそこまで・・・と思うかもしれません。

でも、こういった活力が必要な場面は生きていればたくさんありますよね。

「勝つための近道」をたくさん暗記させてショートカットすることを良しとするか、

「自分で勝つための道を切り開いていく力」をつけることが大事と考えるか。

それは各個人の考え方です。
否定はしません。

でも、私は小さなうちから切り開いていく力をつけることはきっとこの先息子の大きな活力になると信じています。

赤ちゃんに「上手だね~」と言ってはいけない理由

こんにちは。
横浜市神奈川区のベビーサインサロン*ベイビーリンのHirocoです。

久々のコラムです。

皆さんは、日々自分のお子様が何かを達成した時、どんなふうに声をかけていますか?

先日の体験会でも例としてお話ししましたが、大半の方は

「上手だね~!」(パチパチパチ)

ではないでしょうか?

でも、できれば

「上手だね!」と声をかけないで

「できたね!ニコニコ」と認めてあげるほうが良い

ってご存知でしょうか?

自己肯定感に関する書籍や情報が多い最近では、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。

どういうことかと申しますと・・・

上手だね!→ 成果物、結果が素晴らしいものであること
できたね!→ 本人の努力や思考が伴った結果、成果物が出来上がったり、成功したこと

を褒めているという違いがあるんだそうです。

細かいようですが、確かにそうですよねっ!

つまり、「上手だね!」はそこにたどり着くまでのプロセスはどうあれ、結果が素晴らしくできたことにフォーカスしすぎている。

目的のためなら手段をえらばない。
プロセスなんてどうでもいい、結果が全て!

そういう思考の方もいらっしゃるかもしれませんので、その場合は口出しはしませんがキョロキョロできれば、結果に行きつくまでの努力やプロセスなどを学び、生きる力として意欲を育ててあげたいと思う方が多いのではないでしょうか。

私も正直、ついつい「上手だね!」は口から出てしまいます。

決していけない言葉ではないですからね。

褒めることは良いことですし・・・

でも、長い育児生活、人間生活の中で、ちょっとだけ丁寧に生きていこうとするならば、

「できたね」

と認めてあげる瞬間が多いほうが、より豊かな感情を育むことができるかもしれません。

前置きが長くなりましたが、実はこれは、ベビーサイン育児の過程でも同じようなことが当てはまります。

ベビーサイン教室はサインをお伝えする場所、と捉えられがちですが、そうではありません。

赤ちゃんとお母さん、ご家族の方たちのコミュニケーションを豊かにするためのお手伝いをしています。

サインをきれいな形でたくさん返してくれるようになることだけが大切なのではありません。

もちろん、語彙がたくさんの方がより詳しく、より確実に気持ちが伝えられることは確かです。

ですが、その結果結論(=サインが返ってきた!)だけではなく、習得のプロセスも楽しんで、思い出として残していきながらベビーサイン育児を実践してほしいと願っています。

そのためには、発達や月齢に合わせたちょっとしたコツや知識が必要になってくるので、クラスを開講することで、きめ細かいフォローを行っています。

ベイビーリンは赤ちゃんとお母さんのベビーサイン育児をクリエイター視点でお手伝いします。

その鬼、本当に必要ですか?

こんにちは。
横浜市神奈川区のベビーサインサロン*ベイビーリンのHirocoです。

今日は節分!
その名の通り、【季節】を分ける、季節の境目という意味ですね。

古くから伝わる日本の行事として、イベントなどにも取り入れられているのをよく見かけます。

息子の幼稚園でも、カラフルな鬼のお面を作ってきたり、「一年で一番寒い日なんだよ」と風習を学んできたり、楽しみながら季節のイベントとして認識しているようです。

そこで気になったのが、幼稚園の保育が終わった後、神社での豆まきに参加する、というお母さんがいったこの一言。

「本物の鬼見せておかないと、そろそろ寝なくなってくるから!」

つまり、就寝の際に「早く寝ないと鬼がくるよ~!」と日常的に鬼が登場している、ということですね。

そういえば、何年か前に「鬼から電話がかかってくるアプリ」が流行っていましたね・・・

でも、待ってください!

私は、この鬼、という概念を植え付けるのはマイナス要素しかないと考えています。

できれば、鬼がでてきて怖い思いをさせるのは、小さいときに無理に体験させないでほしいことの一つです。

というのも・・・
先日サロンに来てくださっているメンバー様には同じようなことをお話ししましたが、

寝ることって、怖いからしなければいけないことなんでしょうか?
違いますね。

→身体を休めるため
→夜はそもそも眠るもの
→規則正しい生活のため
→昼間に眠くならずに活動するため

→大まかにいうと、健康のため!

ですよね?
そして、そもそも私たち大人は、眠ること、大好きじゃないでしょうか?ニヤリ

こんなに大切な睡眠時間を、恐怖で押さえつけて入眠させるって、良くないことだと思いませんか?

私たち親が、小さな人たちに〇〇しなさい!という場面は、たいていの場合が彼らの健康や生きていく上で大切なことを教えている場面です。

彼らがもっと遊びたいから、もっと起きていたいから、といって反抗するときに、
恐怖でおさえつけるのではなく、
なぜ、〇〇しなければならないのか、なぜ大切なことなのか、と教えてあげることの方が自然な感じがしませんか?

これは、小さなうちに恐怖政治をしてしまったご家庭だと、なかなかリカバリーが大変です。
ぜひ、赤ちゃんのうちからベビーサインでお話して、ものの本質を伝えてあげてください。

さて、話は戻って節分の鬼、の事ですが。

赤ちゃんが鬼を見て怖くて泣いてしまう姿は、確かに可愛いかもしれません。

でも、それがトラウマになってベランダに近づけなくなったり、夜、暗いところで眠るのが怖くなってしまったら・・・

皆さんは、どちらのリスクをとるでしょうか?

スーパーでもらったお面や幼稚園などで作った可愛いお面もあるかもしれません。

鬼役にはりきっているお父さんもいるかもしれません。

節分の鬼は、本来人間の手ではどうすることもできない目に見えない災害や、疫病の象徴とされていると言われています。

その象徴を豆をぶつけて退治し、一年間の無病息災を願う行事です。

災害や疫病は、もう少し大人になってから学ぶとして、目に見えないものを想像しながら豆をまくだけでも、十分節分の行事としては良いのではないでしょうか。

張り切っている方がいらっしゃったらごめんなさい。

でも、もう一度その鬼が赤ちゃんたちにとって必要かどうか考えていただけたら幸いです。

こんな鬼なら、親しみやすいのですが・・・(オニユリです)

【ありがとう】が言える子に育てるためのちょっとしたヒント

こんにちは。
横浜のベビーサイン講師Hirocoです。

この春から息子が幼稚園へあがり、今まで希薄だった近所のママさんたちとの交流がちょっとずつ増えてきました。

その中で、

「息子くん、とっても素直でいい子ね。どうやって育てたの?」とか
「Hirocoさんの育児方針、リスペクトします!」

などとお声をかけてもらうことが多くなりました。

私自身、自分の育児が100%正しかったなんて思っていないですし、まだまだ至らない点ばかりのダメ母ですが、良い書籍や育児法に出会っていたおかげで、ちょっとした声掛けなどは工夫できていたのかな、とは思います。

その結果、息子をとても誇らしく思っています。

私が出会った良い育児法の一つがもちろんベビーサインです。

幼稚園の入園の際、志望動機はもちろんですが、「お子様にどのように育ってほしいですか?」という質問があります。

この質問に「ありがとうがいえる子になって欲しいです」という回答を書かれるご家庭が多いと聞きました。

これは、ベビーサイン育児をしているご家庭なら、すごく簡単に叶えられることだと思っています。

極端な話、ベビーサイン育児をしていなくてもできることですが、おしゃべりが安定する頃(2歳前後)からコミュニケーションを開始するのと、おしゃべり前から赤ちゃんとコミュニケーションをしっかりとるのでは、「ありがとう」の理解や定着の時期に差が出ます。

心の伴った【ありがとう】を早い時期から使えるのは本人にとってもいいことですし、ご家族もとても誇らしい気持ちになりますね。

さて、肝心なそうなるためにはどうしたらいいか、ですが、

簡単です。

お母さんが赤ちゃんに適切なありがとうをたくさん言うこと。

それだけです。

先日、ベビーサインを経験していない2歳の男の子と遊ぶ機会がありました。

最初は人見知りで見向きもしてくれませんでしたが、一緒に遊んでお片付けをしてくれたので

私は彼に

「ありがとうございます」

と言いました。

たったそれだけなのに、彼はすごく嬉しそうに得意顔をしていました。

それからは、私のことを認識してくれたらしく、道でバッタリ会ってもニコニコしてくれることが多くなりました。

普段の生活の中で、赤ちゃんたちに「ありがとう」と言う機会はなかなかないかもしれません。

でも、彼らだって「ありがとう」と言われたら嬉しい。

嬉しいってことは、【ありがとう】がどういう言葉かちゃんとわかっているってことですよね。

赤ちゃんは、ただそこに存在してくれるだけで【ありがとう】という存在です。

今日からは、小さな人たちが何か小さなことでもしてくれたら、積極的に【ありがとう】を言ってみませんか?

おしゃべり前の赤ちゃんとのコミュニケーションを楽しみたい!という方はぜひベビーサインサロンへお越し下さい。

ジェンダーロールの押し付けをしない育児

こんばんは。
横浜市神奈川区のベビーサインサロン*ベイビーリンのHirocoです。

本日もご訪問、ありがとうございます。

突然ですがみなさま、予防接種の注射の際、赤ちゃんが泣いてしまった経験ってありますか?


そんな時、赤ちゃんに何て声をかけていますか?(特に男の子!)

「大丈夫、痛くないよ」

「ちょっと我慢ね」

「ごめんね」

「すぐ終わるから」

色々あると思いますが、我が家では、



 「痛いよね、泣いていいよ」

と言っています。

ある時、泣いてしまった息子に対して義母が

「泣かないの!男の子なんだから!」(激励)

といったんですが、これ、私一番嫌いです。

(体験会でも毎回お話していますが、これでも同居嫁として関係は概ね良好です→義実家とのお付き合いの小ネタに関してはまた改めて)

世界ではジェンダーフリーな子育てが主流な現代に、甚だ時代遅れな日本独特のセリフだと思います。

男性は泣いてはいけないんですか?

感情を表に出してはいけないんですか?

そんなことを小さいうちから教えても、悪影響しかありません。

まさに、言いたいことも言えないこんな世の中じゃ・・・音譜になってしまいます。
(年齢がバレますね)

それはさておき、

痛いけれど、予防のためにしたほうがいい注射があること、
そのメリットデメリットをわかった上で、診察室に自分から向かえること、
 痛くて辛い時は誰にでもあって、涙を流すことは決して悪いことではないということ

そんなことがわかるように教えてあげるほうが大事ではないでしょうか。

そこに男性も女性も関係ないですよね。

私は何も、女性もスカートをやめてパンツスタイルに統一しよう!とか、何もかも男女の格差をなくして平等にしようとか、そういうことを言っているのではありません。

男女の身体の違いや、向き不向きなどはもちろん考慮されるべきです。

ですが、男らしさ、女らしさ、などという個人によって違う価値観を他人に押し付けるのをやめてほしいのです。

例えば、ピンク色が好きな女性はたくさんいると思うのですが、本当に、心から自分で選択してその色が好きかと聞かれたら、そうではない方も多いと思うんです。

女性向けだから・・・
女性が多く使うから・・・
女性に渡すものだから・・・

という安易な理由で、とりあえずピンクにしておけばいいだろう!という考えで作られているものが世の中に溢れた結果(ジェンダーロールの押し付け)、【ピンク=女性向け→可愛い】と思っている人が多いのも事実です。

実際私は、そのピンクがアート的にマッチしていれば使いたいと思いますが、基本的にはあまりいい印象は持っていない色ですね。

同じ理由で、ベビー系教室のブログや、そのコンサルなんかをされている方のブログで、全面にピンクを推しだしている人はあまり信用していません。

企業のテーマカラーだったり、ご本人がピンクが好きだから!という理由なら全然問題ないのですが

「産後のお母さん(=女性)が好む色だから」
 「自分(女性)の姿が優し【そう】にみえるから」
 「自分の教室が癒しの空間であるかのようにみえるから」

という理由で策略的に使っている方がいらっしゃるので、そういう方は、結果、ジェンダーロールの押し付けをお教室の中でいともナチュラルにしてくる可能性があります。

ジェンダーフリー育児に関しては、賛成派反対派もちろんあると思いますので、気にならない方は問題ありませんが、こんなはずじゃなかったとならないようにだけお気をつけくださいね。